ふと顔を上げた時、向こうから白髪の猫のお爺さんがやって来るのが見えました。
「あっ。」私はそれを見て思わず立ち上がり、頭を下げました。
「駅では、ありがとうございました。」
そのお爺さんは、駅で私が猫の行方を尋ねた人でした。ただ、駅で会った時は確かに人間に見えたのに、今は頭の上に白髪と同じ色の耳が生えています。
そのお爺さんの後ろから、竹やぶの中で会った少年も現れました。
「さっきの…」私がそう言いかけた時、雑談をしていた皆が2人の存在に気付き、さっと立ちあがって深く頭を下げました。
「おはようございます、長老。」
私も慌ててそれに合わせます。
「あの人はこの村の長老なんだ。その後ろの子は長老の世話役兼道案内人。耳が無いのは蛇だからだよ。」
隣の猫が私に耳打ちをしてくれました。
二人が席につくと、今までの和やかな雰囲気が一転して、場が引き締まりました。
「始めますか、長老。」
犬の少女がそう言うと、長老は「うむ。」と頷きました。
何が始まるのかと思っていると、隣の猫が突然挙手をしました。
「どうぞ」と長老に言われ、猫は立ち上がりました。
「報告です。私の率いている野良猫集団の中から、三匹が人間に捕まりました。縄張りにしていた所には『こんびに』が出来るそうです。人間の話によると、邪魔になる猫は『処分』するそうです。今、三匹の救出方法を考えています。」
そう言うと、猫は座りました。
長老は「うむ…」と腕を組みます。
「捕まっている場所を突き止めて助けよう。」
「それだけじゃ、また捕まるわ。そこを壊しちゃおうよ。」
みんなが様々な意見を出し始めました。
すると、犬が強い口調で言いました。
「みんな、甘いわ!」
全員の視線が犬の少女に集中します。
「人間に復讐すべきよ。『処分』って、殺されちゃうんでしょ?人間は、私達の命なんてどうなってもいいんだわ。」
怒ったように言うと、犬は私に「梢ちゃんも、何か言いなさいよ。」と言いました。
「私、私は…」
私は言葉に詰まりました。
確かに酷い話です。でも私もその酷い人間の一人なのだと思うと、何も言えませんでした。
「あなたも人間に恨みがあるんでしょう?だからここに来たんでしょ?」
そう言われ、私は驚いて顔を上げました。
「…恨み?」
「そうよ。ここにいるのは、みんな人間に酷いことされた子達なんだから。」
その言葉にみんなが頷きます。
「言っちゃいなよ。どんな復讐がしたい?」
優しく言われ、私は泣きそうになってしまいました。
ぐっと下唇を噛みしめ、それから声を絞り出しました。
「ごめんなさい…でも、人間も酷い人ばかりじゃないの。分かって…」
下を向いていても、みんなの視線を感じます。
「私も、昔飼っていた猫を手放したことがあるの。でもそれは、いらなくなったとかじゃなくて。本当は一緒にいたくて…でも引越し先では飼うことが出来なかったし、元々その子は拾った猫だったから、両親も自然に生活させた方がいいだろう、って…」
私は、離れたくなかったのに離れてしまった猫のことを思い出し、涙が溢れてきました。
「まだ…あんなに小さかったのに…」
そう言って涙を腕で拭い、顔を上げてぎょっとしました。
犬が恐ろしい形相で私を睨んでいたのです。
「人間だったのね…」
私が思わず目を逸らして「ごめんなさい…」と言った時、突然隣の猫が私の手を取ったかと思うと走り出しました。
「何…?」
「逃げるんだ。聞いただろ?みんな人間を恨んでいる。人間だってばれた以上、あそこにいたら無事には帰れない。」
そう言いながら猫はスピードを上げて行きます。
さっきの場所から「追え!」という声が聞こえました。
風が涙の跡を乾かしていきます。
「どうして、私を逃がそうとしてくれるの?」
走りながらそう聞くと、猫は振り返って一瞬だけ、哀しげに微笑みました。
「気付いてないのか…やっぱり。」
「えっ…?」
相当のスピードで走っていたらしく、いつの間にか駅まで戻って来ていました。
看板には『動物駅』と書かれてしました。
「さぁ、短い時間だったが、いいかね?」
後ろから声が聞こえ振り返ると、まるでずっと待っていたかのように長老が立っていました。
「長老…?さっきまで一緒にいたのに…」
私が驚きの声を上げると、長老は優しく微笑み、私の頭から兎耳を外しました。
「もういいのかね?矢吉。」
「はい」と猫が頷きました。
私はそれを聞いて、心臓が飛び上がるのを感じました。
「矢吉…?矢吉って…」
それは、紛れもなく私が七年前に飼っていた猫につけた名前でした。